【画像】秋川リサはハーフ美女!若い頃は資生堂やananのモデルだった!

【画像】秋川リサはハーフ美女! 若い頃は資生堂やananのモデルだった!

秋川リサさんは、現在ビーズ作家として活動されていますが、もともと15歳でモデルデビューしたハーフ美女です。

抜群のプロポーションと愛らしい笑顔で人気を集め、若い頃はananや資生堂のモデル、そして女優として大活躍されていました。

そんな秋川リサさんの若い頃の姿が気になりますね。

秋川リサさんの活動歴、また両親や夫など、プライベートについても調査しました。

今回は、秋川リサはハーフ美女!若い頃は資生堂やananのモデルだった!という内容でお伝えさせていただきますので、ご覧ください。

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目次

【画像】秋川リサはハーフ美女!

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
プロフィール

・名前:秋川 リサ(本名:伊藤リサ)

・生年月日:1952年5月12日

・年齢:71歳(2024年2月現在)

・職業:日本のビーズ作家、女優、タレント

・家族:子供2人。

    夫(写真家の立木三朗)とは離婚

秋川リサさんは、アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフ美女です。

秋川リサの家族!父親はアメリカ人!

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんは、ドイツ系アメリカ人の父親と日本人の母親がいます。

父親は、アメリカ軍の通信技術者として、朝鮮戦争のために日本に滞在していました。

東京で秋川リサさんの母親と知り合い交際を始めますが、娘の秋川リサさんが生まれた頃にはもうアメリカに帰国

ご両親は結婚していなかったので、秋川リサさんの母親はシングルマザーとして子供を育てたんですね。

秋川リサさんの母親は、経済的な理由もあり友人とスナックを開いていましたが、経営はうまくいかず経済的には困窮していたそうです。

秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんが生まれた1952年と言えば、戦後まもなく人種差別も激しかった時代です。

「いじめは当たり前のようにありましたよ。まだ“ハーフ”なんて気のきいた言葉はなくて、“混血”と言われるのはまだいいほう。“合いの子”ですからね」

引用:週刊女性PRIME

父親がおらず、さらに当時はハーフに対する差別も厳しく、生活する事がとても大変だったことがわかりますね。

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祖母「人と違う風貌を武器に

秋川リサ ハーフ 美女 モデル

母親が働いている間、祖母が秋川リサさんを育ててくれました。

秋川リサさんはハーフなどを理由にいじめられていても、祖母の言葉のおかででくじけず生きる事を決心します。

「祖母は私が小さいころから“日本人は単一民族だという誇りがあるから、血が混ざった子どもが生まれれば差別や区別されるのは当たり前。まして、親は正式に結婚してないのだから嫌われてもしかたないわね”と」

引用:週刊女性PRIME

小さい子供に言い聞かせるにはとても厳しい言葉に感じますが、秋川リサさんは明治生まれの祖母から料理、また着物の着付けなど、様々な知識を受け継ぐことができてとても感謝しているそうです。

「“人と違う風貌を武器にして、人と違う個性を生かしなさい”“自立した女性になりなさい”」

引用:週刊女性PRIME

ことあるごとに祖母からこんな事を言われた秋川リサさん、容姿を活かしたモデルになることを決意します。

若い頃は化粧品のCM、さらにはグラビア活動をして注目を集めました。

親しみやすい愛らしい笑顔やもともとのスタイルの良さ、さらに舌足らずな喋り口調で愛されキャラとなり、バラエティ番組などでも大活躍していました。

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんのハーフ美女の中でも、エキゾチックな顔立ちがまたさらに話題を呼んだようです。

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【画像】秋川リサは若い頃!資生堂やananのモデル・女優業も!

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんは、15歳でテイジン専属モデルとしてデビューし、16歳で、雑誌『anan』のレギュラーモデルに選ばれます。

1969年に「ピーターパン水着」のCMに出演、その愛くるしい笑顔で一躍人気者になりました。

1960年代後半から1970年代前半にかけて、帝人や資生堂の専属モデルとしてCMに登場し、当時はテレビで顔を見ない日はなかったほどだ。

引用:週刊女性PRIME

初代テイジンの水着キャンペーンガールに選ばれ、1973年まで3年間務めます。

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル

1972年になると、

  • イッセイ ミヤケグループ創設者でありファッション・デザイン界をけん引していた三宅一生氏のニューヨーク・コレクション
  • ケンゾー創業者で、パリを拠点に活動したデザイナー高田賢三氏のパリ・コレクション

などにも参加。

秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル
秋川リサ ハーフ 美女 モデル

モデルとしても華やかな道を進んでいくんですね。

ただ、モデル始めたころはまだ学生でした。

学業との両立は少し難しかったようです。

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高校時代の恩師の言葉に救われる!

秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんは高校生の頃、仕事で資生堂夏のキャンペーンタヒチで水着の撮影をすることが決まり、学校を1か月間休んでしまいます。

仕事のためとはいえ、学校を1ヵ月も休んだので帰国後は学校からの厳しいペナルティを覚悟した秋川リサさん。

ですが、なんと学校から特例として残れるように配慮を受けます。

しかし、今後の仕事のこともありアルバイトOKの高校に転入する事を決意。

転入を決めた後も、学校の先生達からかずっと気にかけてもらっていたといいます。

「最終登校日に、わざわざ校門のところまで(先生が)見送りに来てくれて、“誇りを持ってあなたを次の社会に旅立たせます”と言ってくれたんです。あの言葉がなければ、私はグレていたかもしれない。それまで、“なんで親のために働かなきゃいけないの?”とか、“学校なんて行かなくてもいい”なんて思っていましたから」

引用:週刊女性PRIME

理解者や協力者が威嚇にいたことが、秋川リサさん自身の成長に繋がったんでしょうね。

秋川リサさんは、この恩師の言葉にとても感謝されたということです。

秋川リサは女優としてマルチに活躍!また立木リサとしても活動!

秋川リサ ハーフ 美女 モデル

秋川リサさんは、舞台やテレビドラマなどでも活躍します。

最初はモデルとして順風満帆な生活を送っていた秋川リサさんですが、舞台『猿のカーニバル』で初主演をつとめた事をきっかけに、多くの舞台に出演していきます。

ここで女優としての活動もスタートさせたんですね。

オンシアター自由劇場で「遥かなる鼓笛」出演より4年間で5本の作品に出演。

また劇団東京キッドブラザース「猿のカーニバル」で舞台の初主演をにない、さらにこれをきっかけに役者業にのめり込んでいきます。

演技力も高く評価されていたようですよ。

テレビ番組『11pm』の司会を愛川欽也さんとつとめ、また1980年代にはテレビドラマ『プロハンター』や映画『オン・ザ・ロード』、『探偵物語』などへ次々に出演しマルチに活躍していました。

そして、おおくのCMにも出演されています。

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